お墓を建てる場所のことを「墓地」と呼びます。もっと正式に言うならば、遺骨の「埋葬」と墳墓(=墓石)を建てる場所は、法律で「墓地」と認められた所でしか許されていません。しかもこの墓地のことをところでは「霊園」と呼んだりもします。墓地と霊園にはいったいどのような違いがあるのでしょうか。
墓地 4つの種類
墓地は、経営主体の違いによって4つの種類に分けられます。
- 公営霊園
- 民営霊園
- 寺院墓地
- 共同墓地
また、「霊園」と「墓地」の呼び方の違いにこれといった定義はありません。「公営墓地」と呼ぶこともありますし「◯◯寺霊園」のような、寺院が経営する墓地もあります。ただ傾向としては、都営霊園のように、明治以降に作られた公園型の墓地のことを「霊園」、そして江戸時代からあるお寺や村の墓地のことを「墓地」と呼ぶ傾向にあるようです。
明治政府による神道化と霊園の誕生
江戸から明治への転換は、日本社会に多大な影響を与え、お墓の世界も例外ではありません。
天皇を中心とした国づくりを推進する明治政府は、葬儀やお墓も仏教式のものから神道式のものへ変えていこうとしました。これまで仏教寺院が執り行っていた葬儀を「神葬祭」にし、仏教的な思想に基づいて行われていた火葬を禁止して、土葬を推し進めます。
また、青山霊園をはじめとする都営霊園の一部は、もともとは明治時代に神葬祭専用墓地として作られたものです。「霊(みたま)」という概念が神道的なものであることから、それがうかがい知れます。
日本初の霊園は多磨霊園
日本の近代化にともない、昔ながらの墓地ではなく、近代的な霊園が日本中に造成されるようになりました。
日本初の霊園は、実は私たちAZUMA葬祭のすぐ近くにある、多磨霊園(東京都府中市)です。造園家の井下清は、ドイツやオーストリアのような緑地の中に墓石が整然と配置される景観を参考に多磨霊園を作っていったそうです。
当時の東京市内は急激な人口増加で霊園造成のための土地がなく、武蔵野の郊外に一大公営霊園を手がけました。
こうした都市化は日本全国で見られ、井下は多磨霊園の完成後、横浜市の日野霊園、大阪市の瓜破霊園や服部霊園など、さまざまな霊園を作ります。これが現在の「公営霊園」のベースになっているのです。
※ここまでの、霊園の成り立ちについては、槇村久子さんの論文「多磨墓地をはじめとする公園墓地の成立・展開と今日的課題」を参考にしました。
墓地と霊園の違いについて、その概略を解説してきました。それでは、はじめに挙げた4種類の墓地・霊園にはどのような特徴があるのでしょうか。
公営霊園
公営霊園とは都や市など、自治体が管理運営する墓地のことです。都内では都立霊園が知られているところですし、郊外にいけば、公営稲城・府中メモリアルパークや、八王子市営霊園などもあります。公営霊園は自治体が経営しているため、管理運営の面で安定しており、人気です。ただし、人気が高いゆえに手に入りづらいという側面もあります。毎年行われる抽選会でも、人気区画は決まって抽選となっています。
民営霊園
民営霊園とは、民間業者が中心となって管理運営している墓地のことです。ただし、法律では墓地経営は、地方自治体、宗教法人、公益法人にしか認められていないため、ほとんどの霊園ではお寺(=宗教法人)と民間業者が手を組んで運営しています。利用者目線で作られるためにニーズに応えるさまざまな霊園がある反面、費用は若干高めでしょう。また、石材店が指定されていることがほとんどなので、複数の石材店を比較検討するのは難しいでしょう。
寺院墓地
寺院墓地とは、お寺の檀家向けの墓地で、基本的には檀家しか使用できません。お寺の墓地には、檀家向けの寺院墓地と、お寺が事業として行っている民営霊園とがあり、後者であれば条件さえ満たせば、檀家非檀家問わず、誰でも利用できますが、そうでなければお寺の檀家になるのが条件です。費用はお寺によってさまざまで、年に数回の清掃活動などに参加しなければなりません。
共同墓地
共同墓地とは村落で使用する墓地です。いまでいうところの自治会単位で管理しているところが多いようです。昔からその地に住んでいる人がすでにお墓を建てているため、新規で取得するのはなかなか難しいようですが、もしも購入できるとなれば、比較的安い費用で入手できるでしょう。
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